『記憶を埋める女』ベトラ・ハメスファール 畔上司(訳)
夏の夜の怪談ではありませんが、ミステリー好きの高校生が夏休みにいどむ長編というにはぴったりの本をご紹介しましょう。ドイツのミステリー小説です。女性作家ベトラ・ハメスファールの最高傑作と評されている一冊です。
ある夏の日の午後に事件が起こります。
主人公である二十代の主婦コーラ・ベンダーは、夫と幼い息子とともに湖畔に遊びに出かけます。隣では二組のカップルがラジカセで音楽を聴いています。
その時、ラジカセの音楽が変わると、突然コーラは二組のカップルのうち、女と抱き合っていた男に向かって絶叫し、もっていた果物ナイフで男をめった刺しにしてしまうのです。
男性は即死、コーラはその場で逮捕、連行され取調べを受けるのですが、その中で自分の記憶の中に閉じ込めておいたものが噴出します。その供述は妄想と虚偽だらけ、ときおり錯乱状態に陥り意味不明の話を始める有様で殺人の動機はまったく見えてきません。
おそろしく残酷な話ですが、結婚、家族、宗教、暴力、児童虐待、性、、身障者の問題を投げかけてきます。狂信的な母、臆病な父、いつ死んでもおかしくない重病の妹、児童虐待、麻薬、近親相姦、売春、キリスト教、地下室…。
何が真実で何が虚偽?殺意の真相とは…。主人公の家族、恋人、警部、弁護士、精神鑑定医、隣人などがさまざまな思惑を持って登場してきますが、取調べや精神鑑定、夢の中で次々と前の証言と矛盾する出来事が飛び出します。
実はヒントはいろんなところにばらまかれているのに、知らずに読み進めて通り過ぎていることをあとから気付かされます。(というか普通気付かないよなと思いますが、どうでしょう(笑)。)
600ページを超える長編ですが、きっとミステリー好きなら、夢中になって読み進められる作品でしょう。いったい真相がどうなっているのか、読者の頭をぐらぐらゆすっておいて、最後には一つの見事なストーリーとなっています。
と、偉そうに書きましたが、正直に申し上げると、私の場合も、一度読んだ時にはどうもすっきりしなかったので、しばらくたって、二度目を読むと上述したことに気付いた次第です。
読む側にも訓練の覚悟が必要な一冊でしょうか(笑)。それにしても、こういうストーリーをよく思いつくものだと感心させられた一冊です。
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