『日本語が見えると英語も見える−新英語教育論』 荒木博之



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『“くちびる” を英語で何という?』 とたずねれば、きっと中学生でも、“lip” と正しく答えるでしょうし、実際、教科書にも、顔のイラストに鼻には “nose” 、目には “eye” と示されているように、くちびるは lip としてあるでしょう。



それでは、次の英文はどう訳すか、“A bearded lips just open.” bearded は “ひげのはえた” ですから、直訳は、“ひげのはえたくちびる をちょっとあける。” でも “くちびる” にひげははえませんね(笑)。なぜこんな英文があるのか。





これは、鈴木孝夫氏が『言葉と文化』という本の中で、英語と日本語の文化の違いを明確に示したものです。英語の lip というのは、日本人が想定するような、口紅を塗るあの赤い部分だけではなく、鼻の下から口の周り全体、いわゆる“チュ〜” と、くちびるを突き出してとんがる部分全体を指すということを示しています。そこならひげが生えるわけです。





本書はこういった例を紹介しながら、そもそもこういう基本的なところから、英語と日本語、西洋人と日本人のものに対するとらえ方、概念が違うということを念頭において英語の指導を始めるべきだと教えてくれる一冊です。



言葉が文化であるということに、どの教師も異論がないはずですが、ということは日本で英語を教えるということはすなわち、両方の文化の違いを認識していなければ始まりません。では、日本(語)文化の特徴はどのあたりにあるのかを、本書では上に挙げたような日英の違いのさまざまな例を出しながら考察します。





もう少し例を紹介しましょう。さらに単純に中学生に一番手っ取り早く日英の違いを説明するには、英語では、相手が大統領であれ、赤ん坊であれすべて、you しかなく、自分が I だけ。



一方、日本語で自分をさす言葉は、「僕」「わたし」「わたくし」「わし」「あたし」「俺」「自分」「こっち」「こちとら」「それがし」「拙者」 などなど。相手には 「あなた」「おまえ」「おまえさん」「きみ」「そっち」「そちら」「そちらさん」「貴様」「おのれ」「おぬし」「貴殿」「貴公」 とこちらも性別や地位、あるいは時代、状況などによって非常に多種多様です。しかも「自分」という言葉は、自分にも相手にも使いますね。



生徒たちに、君たちはお母さんや先生に、「あなた」 とか「きみ」 と呼んだことがありますかときくと、当然ありません。不適切だと判断しているわけで、すでにこの違いを認識して使いこなしているわけです。外国人がこれを学ぼうと思ったらとてつもない労力が必要でしょう。それに比べて英語のなんと簡単なことか(笑)。



逆に…。



例えば複数形。中学生は、名詞に複数形があることを、動詞の3単現のs同様、みな不思議に思います。本は何冊あっても本ですから、誰も、本“達”屋 とは言わないのに、英語では books。でも、外国人にとって、本屋さんの看板によくある book は気持ち悪くてしょうがないそうです。何で s が付いていないのだと。



そこで調べてみると、世界中の言語の中で複数形が無い方がかなり珍しいらしいのです。向こうがおかしいと思っていたら、どうやらこっちの方が例外らしいということが日本語にはいくつもあります。



なぜこんなことが起こるのか。なぜ日本人は、自分や相手の呼び方をいろいろ変えたりするのに、単数、複数を区別しないのか、そういうようなことを本書でいろいろ考察するわけです。





英語と日本語の単語が一対一であるわけではないということも、いろいろの例を出して説明しています。何となくわかるけど曖昧な日本語というのはたくさんあります。「けなげ」 「りりしい」 などという言葉や、「よぼよぼ」 「ふわふわ」 なども一語の英単語では感じが伝わりません。



例えば、「りりしい若者」 という時の 「りり(凛々しい)」 という日本語。まずこれをどういう日本語で説明するかということ自体が難しい。日頃何となく使っていても、意味を問われて、「りりしいとは○○なようす」 などと間髪入れずに答えられる人は少ないと思います。





そこで、国語辞典で「りり(凛々しい)」 を引きますと、「きりりと引き締まっていて勇ましい」 などとありますが、さらに「きりり」 と 「引き締まる」 も曖昧で、英語に直せません(笑)。



和英辞典では、りりしいに brave や valiant や それから manly などを当てています。「男らしい」 や 「勇敢な」 という訳を付けていますが、りりしいとはちょっと違うと思いませんか。



筆者がいろいろな辞書に当たって見ると、日葡辞書に、「気高く、非常に生気がある」 と書いてあり、なるほどと思ったというのです。「りりしい」というのは、noble でそして魂が高揚している。英語で言うと high−spirited という言葉がありますから、brave and high−spirited 「高貴で魂が高揚している」 という訳を付けると、これはかなり日本語の「りりしい」に近くなるのではないかと。確かに引き締まっている感じがしますね。





こうした話題や実例を挙げ、日本語と英語の違いを徐々に浮き彫りにしていきます。目次は以下のようになっています。





第1部 やまとことばと英語



第2部 モノローグ言語とダイアローグ言語



第3部 農耕稲作民と遊牧民



第4部 異文化対応と自己確認



第5部 音声訓練の方法



第6部 『中間日本語辞典』



第7部 英語苦手克服のセラピィ 





何度も読み返しました。筆者は、いろいろの考察から、日本語および日本文化のキーワードは “自律” ならぬ 『他律』 であると結論付けます。従って主語がなかったり曖昧になったり、受身が多いなどなど…。



日本人らしさの構造(芳賀綏)』 という、日本語文化に焦点を当てたすばらしい一冊を以前ご紹介しましたが、そこで見えるキーワードとほぼ一致していました。





私は高校生に英語を教えるのが仕事ですから、もちろん英語を勉強します。入試問題を解き、新しい参考書や話題になった単語集などは、すべてとはいきませんが、相当程度チェックはします。



入試の英単語だけ覚えても、とても講師は務まりませんから、英語の新聞や雑誌も講読します。文化を知りたいと思っていろいろな本も読みます。常に受験英語を意識しながら、それをどう興味深く、効率的に生徒に伝えるかをさぐるために努力しますと、受験英語とは関係のなさそうなものから多くのヒントが得られます。





そして、いつも高いレベルで行き着く結論がまさに本書の題名 【 日本語が見えると英語も見える 】 というものです。英語を教える際の基本的心構えを教えてくれた本はたくさんありますが、本書はその中でも最も強い感銘を与えてくれた中の一冊です。





高校生でこれから英語関係の学部、学科に進もうと考えている人や、多くの英語の先生、塾講師の方々にお読みいただきたいと強く思います。お薦めです。





 

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